« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

事例Ⅲの新作事例を解いた

 昨日学校で、事例Ⅲの新作事例を解いた。

  ①80分間のタイムマネジメントを意識すること、

  ②特に書き始める前の解答のデザイン(設計)をしっかりやること、

 の2点を今回の目標として事前に立てておいた。

 ①については、かなり意識できたと思う。次回はもう少し時間を細分化して、細かい作業レベルまで落とし込みたい。それにしても、80分というのはあっという間だ。2倍時間がほしいところだ。

 ②に関しては、あまりできなかった。今の時期では、まだデザインを重視する習慣づけの段階でいいかもしれないが、この読むことと書くことの間となる変換機能が、解答していくうえでのキモと言えるので、ここを今後は重点的に鍛えていきたい。幸いにも、解答の骨子(全体戦略レベルの設問)から考えるという手順につてはもう身についたように思うので、これをさらに強化していきたい。

 また、こと事例Ⅲに関して言えば、生産工程のオペレーション・レベルの問いに苦手意識があるので、ある程度解答のバリエーションを自分の中で持つようにしたい。

 昨日は意気込んでいたわりに出来が思ったほどよくなく、かなり疲れた。ただ周りの様子をうかがうと他の受講生の出来も似たようなものだったようだ。少なくとも飛びぬけて悪かったわけではなさそうなので、それをなぐさめとするか。

 今日は蒸し暑さもあり、夕方までダウン。午前中は休み、午後から昨日の復習に取りかかるという目論見は崩れた。思っている以上に体は疲れているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

80分間のタイムマネジメントを考えてみた

 2次試験は各科目とも制限時間は80分だ。

 ともすると考え過ぎがちになるため、改めて80分間のタイムマネジメントを考えてみた。

 事例Ⅳは他の科目とやや趣が異なるため、事例Ⅰ、Ⅱ、Ⅲについて考えてみたら、次のようになった(数字は、分・秒)。

 00:10 受験番号、名前記入

 00:30 段落分け

 10:00 設問読み

 11:00 与件文内の接続詞チェック

 20:00 与件読み

 30:00 設問分解

 35:00 図を書いて整理

 40:00 解答を書き始める

 75:00 解答を書き終える

 80:00 見直し、終了

 ざっとこんな感じだろうか。

 できればもっと作業レベルまで落とし込んだものを考えたいのだが、今の段階ではいったんこれでよしとしようと思う。

 こうやって書き出してみると、書く作業が80分のうち半分の40分を占めるため、読む作業と考える作業を合わせて40分しかないことが分かる。

 今まではわりと漠然と時間を見ながら解いていたけれど、本当に時間は少ないのだから、文字どおり秒単位での決まった作業工程を自分の中に構築しておかないと、と思った。

 しかし・・・、こんなことを考えなきゃいけないとは、良くも悪くも試験対策なんだな、と実感してしまい、少しさびしい気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「電子書籍元年」を読んで

 「電子書籍元年」(田代真人・著、インプレスジャパン)という本を読んだ。

 雑誌・書籍のデジタル化について書かれた本で、とてもよくまとめられていると思う。

 特に、出版業に対する熱い思いがあるだろうのに、いたずらに煽るような文句がなく、出版社や本の置かれている現状を努めて冷静に記そうとしている著者の姿勢が、読後感として強く残った。

 出版業に携わりながら、出版業全体をなかなか見渡せないでいる人たちには、読むことをお薦めしたい。

 

 内容についての詳細は省くが、読んで思ったのは、結局のところ

 「自社が何であるか(=何と名づけられて世の中でカテゴライズされているか)」

ではなく、

 「自社が何の役割を(世の中で)果たすか」

ということをもう一度問い直すことが大事なんだろうと思った。

 情報を載せるのが紙であるのか電子であるのかは、それほど重要ではない。

 読者が何を望んでいるか、それに対して自社ができることは何か、そんなことを真摯に考えていく会社が今後は生き残り、一方、読者不在のまま売り上げがどうの数字がどうのといった自社本位の会社は生き残れないのではないか、そんなことを思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

集中力に欠けた一日だった

 今日はなんだか朝から集中力に欠けた一日だった。

  朝の通勤時に階段を踏み外して尻もちをついた。

  通勤電車で1駅乗り過ごした。

  職場で、依頼された作業を、聞いて確認したはしから間違えてやった。

  よかれと思ってしたアドバイスが、裏目に出た。

 湿度が高かったうえに、日中の最高気温が30℃まで上がったことが関係しているのだろうか。

  夜、友人の結婚祝い返しでもらった電波時計を箱から取り出したが、いくら操作しても電波をうまく感知してくれず、全然違った時刻を表示している。

 最後までしゃきっとしない一日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「アフガンに巨大埋蔵鉱脈」のニュースを聞いて

 今日の朝日新聞によれば、アフガニスタンに巨大な鉱脈があることを、アメリカの国防省が発表したようだ。

アフガンに巨大埋蔵鉱脈 金など92兆円規模、米調査

http://www.asahi.com/international/update/0614/TKY201006140588.html

 地図を見て嫌な感じがした。

 というのも、(位置関係を大雑把に言うと)埋蔵鉱脈があるのは、国土の中部だ。北部の現政府と、南部のタリバーン根拠地のちょうど中間にあることになる。

 もしこの情報が本当なのであれば、現在のアフガニスタンの混乱はそうとう長期化するだろう。利権も入り乱れて、収拾がつかなくなる恐れが大きい。

 ただ、非常にうがった見方になるかもしれないが、あまりにきれいに親米・反米の境界線上に位置するため、国防省の陰謀なのではないかと疑ってしまう。

 つまり、アフガニスタンには利権の元ネタが詰まっていることで、軍事介入を正当化し、兵の志願や金銭的投資を促そうという魂胆なのではないか、という疑いだ。

 この見方はあくまでも個人的な憶測にすぎない。杞憂に終わってもらった方がうれしい。

 ただ、どちらにしても、アフガニスタンの混乱を助長させる要因がひとつ増えたわけで、少しだけ復興の芽生えが見られた2003年秋に現地を訪れた人間としては、気分が滅入った。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

先週、CB仲間の歓送会があった

 先週の火曜日(6/8)、歓送会があった。

 2008年4~5月にCB(コミュニティビジネス)を共に学んだ仲間が、定年退職を迎え、郷里の島根県に帰るとのこと。

 60歳とは思えない若い人で、良き兄貴分として私のことをかわいがってくれていただけに、遠く離れてしまうのはさびしい気もしないではない。

 ただ、遠く離れた場所で仲間が新天地を切り開こうとしていると考えると、さびしいと感じるよりも、応援したい気持ちの方が強い。

 幸い、島根は私の郷里の山口の隣だ。

 帰って何をやるかまだ未定と言っていたが、落ち着いた頃を見計らってぜひ遊びに行きたい。

 還暦での新たなステップを応援してますよ、武永(たけなが)さん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一般論になりがちな自分の解答のクセ

 2次試験では、大きく分けて2つの能力が測られる。

 すなわち、分析能力と助言能力だ。

 私はどうも、助言系の解答が求められている時も分析的な答え方をしたり、一般論的な答えをする傾向があるようだ。

 例えば、「デメリットはなにか?」と問われた場合、「平均年齢が上がること」などと答えて終わってしまう。

 平均年齢が上がるというのは単なる事象であって、それが事業推進にあたってどんな弊害を生じさせているのか、というのが問われている点なのに、どうもそこに気づかないでいることが多い。

 学校の講師からは、その企業の相談に応じる気持ちで解答するように、などと言われるが、たぶんこのあたりが原因なのではないかと思う。

 つまり、「診断士の勉強をしているのは、自分なりに経営というものを理解したいからだ」という思いが強すぎて、コンサルタントするという意識が低いのだ。

 受験者がどういう思いで勉強するかは関係なく、試験は分析能力と助言能力を問うてくる。

 気持ちの整理が必要だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学生時代のゼミ仲間と会った

 今日は、恩師を囲む会があり、学生時代のゼミ仲間と会った。

 ちょっと前まで年1回程度は会が開催されていたのだが、今回はたしか3~4年ぶりだ。

 大学を卒業して15年もたつと、ひとり一人の歩みの異なり様が目立ってき、近況を聞いているだけで面白い。

 もっとも、不惑を目の前にしてアルバイト生活を送りながら資格取得の勉強をしている者は、他にいなかったが。

 学生時代は自転車で日本中をあちこち回っていたので、勉強についての思い出はほとんどない。

 恩師はずいぶん太っ腹な人で、「学部の2~3年で社会学を修めるなんてことは無理だから、触る程度でいい」と当時言ってくれており、ずいぶん気が楽になって自転車旅行にうつつを抜かしていた。

 当時の知識量や関心事項などを今考えてみても、在学中に勉強していたところで、たいして得られるものはなかったように思う。

 ただ、人間の行動をリアリズムの目で見るという、ものの見方があるということに、触れたということが、今の勉強に役立っているように思う。

 ・・・などという堅苦しい話は抜きにして、同じ世代で違った道を歩んでいる友や、それを面白がって見守ってくれている恩師とは、今後もできるだけ定期的に会っていきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「限界集落」を読んで

 「限界集落 吾の村なれば」(曽根英二・著、日本経済新聞出版社)という本を読んだ。

 著者は、岡山県で民法のドキュメンタリーを多く手がけたジャーナリストだ。

 全358ページ中、大部分を岡山県新見市が占める。

 定点観測の見本のようだ。

 声高に主張するのではなく、地域の「今」を淡々と追いつつ、合間にはさむ短文のコメントが鋭い。

 登場する土地の人の語りかける口調や内容の深さから、何度も現地に通い、心を許せる仲になったうえでの取材・執筆であることがよく分かる。

 久しぶりに本来のジャーナリズムに触れることができたような気がする。

 各地の地域を元気にできれば、という自分の思いがいかに漠然としていたかということを痛感させられたと同時に、だからこそやっぱり地域を元気にするアクションを起こしたいという気持ちにさせられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »